3. 16, 2008
3. 09, 2008
守るべきこと
進学のため、上京することになったときのこと。
都会の一人暮らしを前に、母から注意を受けました。
ひとつ、スリには気を付けなさい。
ふたつ、悪い女に引っかからないようにしなさい。
素直な私は、第一の言い付けを守り、それ以来、出先で万が一すられても困らないようにと、札入れと小銭入れ、カードケースを別々のポケットに入れ、札入れに至っては必ずボタンのかかるポケットに入れることにしています。
当然ですが、何があってもバックなどには入れません。必ず身につけているようにしています。
第二の言いつけですが、これも学生時代、しっかり守り抜き、卒業後は身軽に故郷に戻ってきました。(^^;
卒業後、数年して、当時の結婚適齢期を過ぎようとした頃、母は言いました。
「まだ、結婚相手はできないの? なぜ、学生時代に彼女の一人も作らなかったの?」
(言いつけを守って、女っ気なしで暮らしたのに、いまさら心外な話)
# 悪い女に引っかかるなとは言ったけど、いい女を引っかけるなとは言わなかったということらしい。
自慢
飼っているペットの自慢話。
猫の場合には、いかに賢いかを自慢し、
犬の場合には、いかに間抜けかを自慢する。
# 自慢するには他人のペットとの違いをアピールすることになるわけで、当たり前のこと言ってもダメ。
3. 05, 2008
血統
普段、通勤は徒歩、あるいは自転車です。
毎日の通勤途上、常々思うのは、通行区分を守らない人の多いこと。
人は右側、車は左側ってやつです。
今朝も自転車で出勤しましたが、対向する自転車が堂々と右側通行して向かってきます。
至極当然といった表情で、向かってきます。
もちろん、こちらは左側通行していますから、真正面に向かってきます。
まるで、こちらの通行区分が間違っているのかと錯覚するほどの自信を持ってやってきます。
私としては、ぶつかるのは嫌なので、道を譲るべく左側によけます。
ところが、相手はなぜか右側によけます。で、ぶつかりそうになります。
私はあわてて、左側によけ道を譲って難を逃れます。
狭い道での、車とのすれ違いは恐いものです。お互い譲り合って事故の無いように通り抜けようとします。
しかし、たまに、堂々と中央寄りを走ってくる車があります。
みると、私と並走して右側を走る自転車があります。
これでは、車も避けられません。
仕方なしに、中央より、あるいは右側よりに走行せざるを得ません。
ところが、日本の車の運転席は右側ですから、正当に左側通行している私と顔が合うことになります。
気弱な私としては、なんだか運転手に怒られているようで嫌です。
周りを見ると、自転車ばかりではありません。
歩行者も、堂々と左側を通行しています。これも、自信に満ちた歩き方です。
もっとも、江戸時代までの日本では、歩行者は左側通行だったという話があります。
当時、武士は腰に刀を差していました。
刀というものは、利き手の右手で抜くわけですから、差すのは腰の左側です。
この状態で、狭い道路を右側通行した場合、対向者の刀と刀がぶつかることになります。
刀は武士の魂です。これが、路上で穢されたとなれば、殺傷沙汰も当たり前。これを避けるために、刀どうしがぶつからないように左側通行と言うことのようです。
ただし、これは帯刀を許された、お武家様の世界の話。
と、すれば、あの堂々と左側通行をしている人たちは、きっとお武家様の末裔。遺伝子に武士としての左側通行のDNAが力一杯すり込まれているに違いありません。
貪百姓の末裔(父が生前話してくれました)の私としては、お武家様に逆らうなど、滅相もない話です。
どの様な状況であろうとも、道を譲らなければならないのは、私の方だと諦めることにします。
# センターラインも路側帯も無いような、田舎の生活道路での話です。
それにしても、無灯火の右側通行自転車は最強最悪です。

